演奏をしていたらいろいろ変わってきたこと

published: 2018-07-30

last modified: 2018-11-28

今年に入ってすぐExidiophoneという電子音響楽器を作り始めた。

この楽器はオーディオフィードバック(ハウリング)の間に音量が大きくなったらボリュームを絞る回路を挟んで、フィードバックに自律的な拍動を発生させるような仕組みだ(詳しくはこのスライドとかを見て欲しい)。

この仕組はもともと昨年末の緑青というライブイベントでラップトップのライブをしたときにそういうアルゴリズムのソフトウェアを作ってあったのをアナログ回路で作り直したようなものだった。

ライブは3月4月に一回ずつ、7月は3週連続でやった。この他にも蓮沼執太フルフィルのリハーサルでまた演奏していたりしたので、今年前半何をしていたかな?と思うと結構演奏していたな、と思う。

去年何をしてたっけ?、と思い返すと、なにかいろんな奨学金や展示の公募の、それからコンペの申請書をたくさん書いているか、授業で数式をたくさん解いているか、深夜まで死にそうになりながら展示作品の制作ではんだ付けをし続けていたようなことばっかり思い出される。正直言って楽しいよりはつらい時間のほうが多かったとおもう。

演奏を多くするようになって、音楽畑の人たちとたくさん喋って、自分の中で変わってきた部分がある。

一つは自分が思っていた以上に音楽のフィールドの人の生き方のバリエーションが広いこと。どうしてもアカデミックなアートの場に居続けると、生きていくためにはなにか賞をもらうとか、公な場で評価されて肩書を貰う必要に迫られて焦っていたような気がする。

でも少なくとも真面目に活動していると、誰かがライブの企画に誘ってくれたり、お客さんからいろんな感想をもらえたりで見てくれている人がきちんといて。それで食っていけてないにしても別にエンジニアの仕事をしていたり、レッスンの仕事をしていたり、CMのための音楽を作るとか、そういうのが前はメインの活動だけで食べていけないからやっていて不健全だと思っていたけれど生き抜き方のバリエーションが多いという意味で逆に健全なのかもしれない、と思った。

別に偉い人や有名な人に認められることだけが評価されるということじゃないな、と言葉にすれば当たり前だけど、そういう実感がやっともてるようになった。特に福岡は音楽はアングラなシーンが強くてどこからともなくものすごくコアなイベントに沢山人が集まっていてそういう人たちと話せたのがとてもいい刺激になった。


もう一つはことばに対する向き合い方が変わってきたなと思ったこと。

何故か5月ぐらいからぜんぜん本(学術書)が読めなくなって研究に非常に苦心するようになった。ずいぶん昔の活字アレルギーみたいなものが突然ぶり返したような感じで、読んでいる文章の論理構造が全く頭の中で整理されずただただ目から入って耳へ抜け出ていくような感じ。同様に論文も(そもそも去年から散々赤いれされまくっていたけれど)ますます文章がまとまらなくなった。

これは作品制作の方法と多分大きく関わっていて、この2,3年は展示作品を作るとき、その制作物を作りながらコンセプトをまとめ上げる過程でその論理的な整合性が取れるように何度も何度もノートに殴り書きしてはまとめる作業が発生していたのだけれど、去年の展示作品「Aphysical Unmodeling Instrument」は、展示があるたびに場に合わせて展示の構成を微妙に作り変えていくようなことをしていたので、最初の一回はそういうまとめ作業があったけど残り3回の展示はどちらかというと演奏をしているような感覚に近かった。

Exidiophoneという楽器制作に入ってからは尚更そうだった。楽器はコンセプトに従属して存在しているわけではなく、極論では音が面白けりゃ何でもオッケー、な世界なので、論文にするにしても出来上がって、演奏経験を経てからそれを言葉にしていくような形になったので製作途中はネチネチとコンセプトを考えることはせずただただ作るだけ、という感じでその間に論理的思考回路が全部吹き飛んでしまった。

一方で小説とか詩、エッセイのような文章に対して興味を持ち始めた。年末に英語で論文を書いていて、意味の間違いがとにかく無いように、論理構造がとにかくはっきりしている文章を書くということをやりすぎて単に疲れただけなのかもしれないけれど、そういうのの逆、つまり行間を読ませるような文章とか、あるいは言葉自体が持っている想像させる力(こう言うのは短絡的だけど、語彙がない)みたいなものが面白く感じるようになってきた。

もともと自分の活字アレルギーは小説にこそ顕著で、中学校の朝読書の時間以降これといった小説を読んでも読んでも頭に入らず、それこそ流れ出ていってしまうような感じでぜんぜん読めなかった。

しかしなんとなく今なら読めるかも、と思って円城塔の「Self-reference Engine」を買って今も読んでいるのだけどこれが面白い。読めるのだ(何いってんだこいつ)。超超超超高次元知能生命、みたいな、何それみたいな言葉でも言葉として使い続けると存在として言葉の中で成立してしまう、ないものがあることが出来る、そういう言葉の面白さみたいなものが面白いと思い始めた。

最近考えていたことが「情報だけが消滅することが出来る」ということで、物はどんなに消えてなくなろうとしてもエネルギーとか、そういう別のものに形を変えて流転し続けるわけだけど、例えば紙に書いた文字がかすれて読み取れなくなったとき情報が消える、あったはずのものがなくなってしまうという奇妙さに惹かれていた。

その逆としてないものがあることになってしまう、無から有が発生してしまうのもまた情報の強さなんだろうと思った。そういう事を考えていたら久しぶりに歌詞とかも書けるかも、と思って書いていたりする。


さておき、どうして小説が読めるようになってきたのか考えていたのだけれど、基本的に学術書は(ものにもよるが)まともな論理構造の上に成り立っていて、積み木のように各パーツが各パーツを支えるようになっている。なので結構最後のまとめから読んだりするとわかりやすく読めたりする。

小説の場合は、もちろん読み終わったあとでバラバラに読み返すことも出来るんだけど前から順番に読んでいくことで発生する運動のようなものに駆動されているように思う。それは音楽を聴くのと違って読み手によって伸び縮みするし、内容の中での時系列はばらばらに入れ替わっているかもしれないけれど、それと別レイヤーに存在する線的な、線じゃないな順番に結ばれた紐みたいな時間軸を手繰り寄せていくような運動。

そういう論理的な積み木を積んでいく運動と紐を手繰り寄せていく運動という異なる文章を読む/書くときのモードがあって、展示作品のような時間的な拘束の無いものを作るときと、演奏的な行動をするときとに対応しているのかも、と思った。

この2つのモードは当たり前だけどお互いに全く相いれなくて、自分的には今は紐・モードなので7月に研究発表をして以降また論理的な文章が読めないし書けなくなっている。だからこういう日記みたいなものを珍しく前から順番にガーッと書けているわけだけれど、そのうちまた論文も書かなきゃいけないので早く切り替えられるスイッチを見つけないとなと思う次第。

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