2026年3月末をもって、4年間務めた東京芸術大学芸術情報センター特任助教の職務を終えました。結局学部生が入学して卒業するまでの時間をもう一度過ごしてしまいました。
何の仕事をしてたのか
授業とかもやっていたのですが、表に出にくい仕事だったので改めて書き残しておくと、メインの仕事は東京芸大アートDXプロジェクトというものの立ち上げと運営に関わっていました。
このあたりの立ち上げの経緯はいろいろと複雑なのですが、数か月後に刊行予定のAMCジャーナルという紀要にそのあたりの経緯を詳しく書いたので興味がある方は読んでみてください。1年目はこのプロジェクトを文科省に対する予算申請をするところから始まって、2年目以降は大学内でのデジタル技術を用いた制作研究を支援する助成金の運営みたいなことを主にやっていました。
おかげさまで(?)着任1年目からかなり大学の上側の運営レイヤーに近いところを覗き見ることができたので、この辺はかなり勉強になりました。
この他、2023~2025年度に「コードとデザイン」という電子工作系の授業と、2023~2024年度は「メディアアートプログラミングII」というプログラミングを用いた表現の授業を担当しました。またゲスト講義のオムニバスである「メディア特論」では2023年度と2024年度にゲスト選定およびホストとしてのトークで参加しました。コードとデザインについては同様にAMCジャーナルに内容をまとめた記事を寄稿しました。また授業資料は授業資料Webサイトにもある程度載せています。
2023~2025は科研費を取得して個人研究を行うこともまあまあできました。4年間で査読付き単著論文を4本ぐらいは出せたので、まあ最低限の両立はできたかなと思う次第です。最終年度は1年かけての引継ぎをしながらなので、NYへの1か月の研究滞在とかもできたのでそれなりに充実した研究を行うことができました。(1年一本はゆっくりすぎるやろうと思う方もいるかもですが、エフォート率は平均20%行くか行かないかくらいだったと思うので・・・)
CCBTとの共同研究で、ろう・難聴児のための音楽プロジェクトに関わったのも個人的には自分の中に新しいタイプの仕事をできたと感じたものでした。ここからジョナサン・スターンのインペアメント研究を真面目に読み始めて、メディウム5にレビュー論文を投稿することになったりしたので、音楽土木工学に足りていなかった新たな視点を加えることになったと感じています。
なぜやめるのか
普通にもともとの任期は3年だったので、3年で辞める心づもりでもともといたのですが、いろいろあって4年いましたという感じです。
なにせ学部から博士まで留年も休学もすることなく、ストレートで職務について4年働いてしまったので、インデペンデントにいろいろやろうぜ見たいな研究内容を言っている割にアカデミアから一度も出たことがないってのはどうなんだろうという矛盾を感じてはいました。
あとはまあ、さっき言った大学の運営のレイヤーみたいなことを覗き見ることができたのはそれはそれで貴重な体験ではあったのですが、キャリアに対してやたら早い段階でそこに足を突っ込んでしまい、自分の目の前の研究や制作に満足に取り組めていなかった実感も正直なところあります。助成金をもらう前に助成金を配る立場になってしまったというか(ぜいたくな悩みですけどね)。あとはまあ、自分はプレイングマネージャーはギリギリできるけどディレクターやプロデューサー的な職務はあんまり向いてないなと思いました(知ってた)。現場で経験積まなきゃ向き不向きもわかんないのはそうなんですが、それにしてもってことです。
とはいえ、芸大は職場としては同僚にも学生にも本当に恵まれた場所だなと4年過ごして改めて思いました。
これからどうするのか
普通にフリーランス(無職)になります。といっても、今年に関してはいくつかピンチヒッター的に芸大の仕事にも関わる予定でいます。
今は未踏アドバンスドに応募してるので、6月にその結果を見次第かなというところです。6月に仕事を募集していたら、察してください。2027年度はいくつか海外のフェローシップに応募しているので、5月ぐらいにその結果が出るのを待ちつつ、みたいな感じです。
6月までは、遅々として進んでいなかった単著(博論本)を頑張って書く予定です。2027年頭の刊行を頑張って目指します。
とりあえず、単発のレクチャーや原稿の依頼、ライブや展示のお誘いなどは去年度までよりかなり自由に動ける予定ですので、どんどんご連絡ください。