松浦知也博士論文 正誤表

出版時からの正誤表(Git履歴より自動生成)

chapter2

diff --git a/chapter2.md b/chapter2.md
index 2ca047f..e55b808 100644
--- a/chapter2.md
+++ b/chapter2.md
@@ -167,7 +167,7 @@ RtDが立ち上がる中で重要視されてきたのは研究を行う中で
 
 しかしこうしたデザイン思考は、1960年代のデザインサイエンスにおける客観主義を否定はしたものの、今日デザイナーのイメージをアイデアを書いた付箋をホワイトボードに貼ってディスカッションしている人たちに固定してしまったように、あらゆる問題の種類に対して作る(もしくはアイデアを出す)-反省という反復の枠組みだけを与える普遍主義に依然留まってしまっている。
 
-ブキャナンによる意地悪な問題のデザイン思考プロセスにおける紹介はサイモンのようなデザインの科学化に対するアンチテーゼでもあると同時に、デザイン思考がそのプロセスによって問題を確定させる(Determinate)方向に働いているが、そもそもリッテルらが提起した意地悪な問題とは、根本的に確定できない(Indeterminate)ことだったのを強調している。結局人文学的アプローチであったとしても、大枠がプロトタイピング、実験、思考の繰り返しという一般化されたフィードバックではサイモンと同じ穴の狢であり意地悪な問題には対応できないということだ。ブキャナンはこれを、確定(Determinate)にはできない主題であっても特殊(Particular)化は可能であり、デザイナーは、クライアントがまだ準主題(Quasi-subject matter)である状態のものを特殊化する事によってエンジニアなどが解決可能な問題にスライドできるという提言をしたのだ。
+ブキャナンによる意地悪な問題のデザイン思考プロセスにおける紹介はサイモンのようなデザインの科学化に対するアンチテーゼでもあると同時に、デザイン思考がそのプロセスによって問題を確定させる(Determinate)方向に働いているが、そもそもリッテルらが提起した意地悪な問題とは、根本的に確定できない(Indeterminate)ことだったのを強調している。結局人文学的アプローチであったとしても、大枠がプロトタイピング、実験、思考の繰り返しという一般化されたフィードバックでは西門と同じ穴の狢であり意地悪な問題には対応できないということだ。ブキャナンはこれを、確定(Determinate)にはできない主題であっても特殊(Particular)化は可能であり、デザイナーは、クライアントがまだ準主題(Quasi-subject matter)である状態のものを特殊化する事によってエンジニアなどが解決可能な問題にスライドできるという提言をしたのだ。
 
 こうした流れのもと1990年代以降に、**デザイン実践を通じた研究(Research through Design:RtD)**と呼ばれる研究領域が主にデザイン・サイエンス的アプローチの行きづまり(と、並行して起きていたデザイン思考の一般的方法論化)を突破するべく、デザインを「不明瞭かつ個別固有の社会・技術的問題を対象とする臨床的、生成的研究」[@Mizuno2017]と位置付けるような運動として現れてきた[^designresearch]。RtDには、問題を研究する過程で発見すること、必ずしも役に立つものだけを作るわけではないこと、問題解決だけを目的としないこと、社会そのものの変化を視野に入れること、ユーザーではなく参加者/共同製作者への転換、といった様々な特徴が挙げられる。こうした特徴は一見して多岐に渡っており統一性がないようにも思えるが、リッテルの意地悪な問題への動機をもとに考えれば、すべて*どこへ向かうべきか*という社会の中におけるデザイナーの主体性と政治性への自覚という1本の軸から派生したものとして捉えることができる。
 

chapter3

diff --git a/chapter3.md b/chapter3.md
index e7d7eea..e4122ff 100644
--- a/chapter3.md
+++ b/chapter3.md
@@ -216,11 +216,11 @@ Apple IIからMacintoshで起きた変化とは、一般にコマンドユーザ
 
 そして、この性質を生み出す一端は、今日における「デザイナー」と「ユーザー」の分離にある。クレーリーは『24/7』でこのユーザーの主体性こそ見せかけのデザインされた差異でしかないことを強調する。
 
-> 技術的インターフェースの**遍在**〔The ubiquity〕によって、必然的にユーザーは、ますます流暢になり熟達するために努力するように導かれる。それぞれの特殊なアプリケーションやツールに習熟することは、結果的に、いかなるやりとりや操作の時間をも切れ目なしに削減していくという本来的な機能要求と見事に調和していく。装置は見かけ上、ひっかかりのない扱いや、手際のよさ、自己満足的なノウハウを誘い、テクノロジー資源を効率的に利用して見返りを得ることのできる優れた能力として、他人に印象づけることもできる。個人の巧みさの感覚は、その人がシステムの勝ち組の側にいて、いくらか抜きん出ているというかりそめの確信をもたらす。しかし、結局のところ、全てのユーザーは、時間や実践を等しく奪い取られた交換可能な対象へと平均化されていく。[@Crary2015,p74〜75、強調は筆者による]
+> 技術的インターフェースの**偏在**〔The ubiquity〕によって、必然的にユーザーは、ますます流暢になり熟達するために努力するように導かれる。それぞれの特殊なアプリケーションやツールに習熟することは、結果的に、いかなるやりとりや操作の時間をも切れ目なしに削減していくという本来的な機能要求と見事に調和していく。装置は見かけ上、ひっかかりのない扱いや、手際のよさ、自己満足的なノウハウを誘い、テクノロジー資源を効率的に利用して見返りを得ることのできる優れた能力として、他人に印象づけることもできる。個人の巧みさの感覚は、その人がシステムの勝ち組の側にいて、いくらか抜きん出ているというかりそめの確信をもたらす。しかし、結局のところ、全てのユーザーは、時間や実践を等しく奪い取られた交換可能な対象へと平均化されていく。[@Crary2015,p74〜75、強調は筆者による]
 
 これがすなわち、テベルジュの著作のタイトルである『Any Sound You Can Imagine』[@Theberge1997]が示唆するところである。つまり、「あなたが想像できる音ならなんでも作れますよ」というシンセサイザーやコンピューター音楽にお決まりの礼賛の言葉は同時に、「**あなたが想像できないのならその音は一切作れない**」という意味でもある。そして、「あなたが想像できる音」は、反復の系においてはあなたがこれまで聞いてきた音の集合でしかない。
 
-クレーリーの『24/7』で繰り返し用いられる遍在/The ubiquityというワードの登場によって、ここでようやく、前半で議論してきた、失敗した理想としてのメタメディアとユビキタスコンピューティングと音楽の関わりについて考えることができる。それは、Youが複数形になる時–「あなた**たち**が想像できないのならその音は一切作れない」となる時だ。
+クレーリーの『24/7』で繰り返し用いられる偏在/The ubiquityというワードの登場によって、ここでようやく、前半で議論してきた、失敗した理想としてのメタメディアとユビキタスコンピューティングと音楽の関わりについて考えることができる。それは、Youが複数形になる時–「あなた**たち**が想像できないのならその音は一切作れない」となる時だ。
 
 ## 認識論的道具としてのコンピューター楽器
 

chapter6

diff --git a/chapter6.md b/chapter6.md
index 4fe842a..ebad1dc 100644
--- a/chapter6.md
+++ b/chapter6.md
@@ -440,7 +440,7 @@ fn dsp(state){
 
 Extemporeは、単一の環境ですべての記述ができるという点で、このアプローチと似ているものの、ユーザはxtlangとSchemeという2つの異なる言語を使用する必要がある。xtlangでは、UGenをクロージャとして定義する際に、手動のメモリ管理やポインタを含む複雑な型シグネチャを理解する必要がある。Extemporeは音楽に限らないフルスタックのライブコーディングを行うことを想定した環境であるため、手動メモリ管理は必ずしもマイナスポイントではないが、SuperColliderの開発者であるマッカートニーが言うように、音楽のために作られた言語であれば、ユーザーが音楽の作業に集中できるように、メモリやスレッドなどのハードウェア管理を不要、もしくはオプショナルにすることは一般的に重要だと言える[@McCartney2002,p61]。
 
-Kronos(とMeta-Sequencer)も同様に自己拡張性を重視した言語である。KronosはSystem $\mathit{F\omega}$ と呼ばれる、ラムダ計算の拡張体系の1つをベースにしたより厳密な関数型言語であり、プロセッサの入出力をリスト構造としてパラメータ化できることで、よりUGenの一般的な表現が可能である。しかし、その内部表現はFaustのようにグラフ構造をベースにしている[@Norilo2016phd,p23]。mimiumの内部表現は、ラムダ計算ベースの木構造やSSA形式の命令型IRであり、より汎用プログラミング言語の中間表現に近いという違いがある。
+Kronos(とMeta-Sequencer)も同様に自己拡張性を重視した言語である。KronosはSystem `F\omega`をと呼ばれる、ラムダ計算の拡張体系の1つをベースにしたより厳密な関数型言語であり、プロセッサの入出力をリスト構造としてパラメータ化できることで、よりUGenの一般的な表現が可能である。しかし、その内部表現はFaustのようにグラフ構造をベースにしている[@Norilo2016phd,p23]。mimiumの内部表現は、ラムダ計算ベースの木構造やSSA形式の命令型IRであり、より汎用プログラミング言語の中間表現に近いという違いがある。
 
 
 # 現状の実装の問題点