Matsuura Tomoya

Aphysical Unmodeling Instrument モデリングから音・音楽を再考するサウンドインスタレーション

この論文は、2017/12/16に行われた先端芸術音楽創作学会(JSSA)研究会で発表した内容をWeb上で見られるように編集したものです。ライセンスは元と同じくCC-BY-NC-NDになっています。

『Aphysical Unmodeling Instrument』作品紹介ページ

JSSA 会報リンク(オープンアクセス) vol.9に収録されています。

PDF版リンク

概要

本稿では、作品「Aphysical Unmodeling Instrument」の制作動機とその構成を説明する。その上で、フィードバックという観点から関連作品との比較を行い、音・音楽を記述するための一形態としての物理モデリングについて考察する。「Aphysical Unmodeling Instrument」は、物理モデリング合成に基づくサウンドインスタレーションである。本作では、一般的には実際の楽器構造やその音色の計算機内での模倣に用いられる本音声合成手法を、実空間内にて展開させている。Cookらによる仮想の楽器であるWhirlwindというモデルを取り上げ、紙の筒による共鳴器や空気伝播による遅延などの要素からなるその物理的な再実装をおこなった。その上で、本作内で結果的に用いることになったハウリングを、フィードバックという観点から整理し、作曲・サウンドインスタレーション・パフォーマンスに関わる他の関連作品と比較する。以上を踏まえ、モデリングを音・音楽を記述するための一形態として捉え、その中でのモデルの作成と実体化という行為を、楽譜上での作曲と演奏と言う行為と対比し、コンピュータの外側における物理モデリングの可能性を探る。

はじめに

筆者はこれまで、音に関わる情報を記述する方法についての問い直しをテーマに、音響装置作品制作とライブパフォーマンスを実施してきた。音響装置作品「送れ|遅れ/post| past」では音を用いた通信という行為そのものが記録になる音響遅延線メモリーという記憶装置の特徴を強調し、物理的に分離した2台の音声通信装置を組み合わせて記憶装置の機能を発生させた(松浦 2017)。2017年6月に行ったライブパフォーマンスでは中村としまるのNo Input Mixing Boardのシステム(Sanfillipo 2013,4p)と同様にミキサーの出力を入力にフィードバックして発振させた音を楽器として用いた。このパフォーマンスは中村のシステムに対しマイクとスピーカーでのループを加えたフィードバック音での演奏と捉えることができ、「送れ|遅れ/post| past」の主眼である伝達と記録の等価性をより音を用いた表現の領域に展開する、という考えのもとで行った(松浦 2017-2)。

その2作に続く本作品「Aphysical Unmodeling Instrument」は、物理モデリング合成を実空間で物理的に再実装するサウンドインスタレーションである。前述したパフォーマンスの実験中に体験した金管楽器のような音の発生と、その発音構造がデジタル音声合成で金管楽器を模倣するモデリング時の手法が近いことに着想を得ている。

本稿では本作品の背景となる技術である物理モデリング合成及びその一例であるWhirlwindというモデルについて説明し、関連研究としてフィードバックを用いた作品の分類と対象なしモデリングという概念を紹介する。その上で作品の構成とその制作過程について記す。最後にフィードバックとモデリングという2つの概念から本作品の音楽性について考察し、その今後の展望について述べる。

背景

物理モデリング合成

物理モデリング合成とはシンセサイザーの歴史の中で、加算合成、減算合成、FM合成に続いて80年代に出てきた音声合成手法で、実際の楽器の音色や構造のシミュレーションにより音色を仮想的に合成することを目的としている(Smith 2010)。その実装方法は大きく2種類に分けられる。ひとつは有限要素法(FDM)、時間領域有限差分法(FDTD)、CIP法のような音波の空間的伝播を1ステップごとにシミュレートするものである。もう一つはウェーブガイド合成のような進行波の反射や共鳴、歪みなど各要素を抽象化して計算で置き換えるものである。特に後者は計算コストが比較的少ないためにシンセサイザーとしてYAMAHA VL1などで実用化された。しかし実際の楽器の音色に近づけるという目的では同時期に現れたPCM合成という手法の方がより計算コストが少ない上にリアルであるために現在では幅広く使われている。現在ではRolandのAnalog Circuit Behaviour(Roland 2014)のように名器と呼ばれたアナログ音響機器の特徴をデジタル信号処理で再現するために用いられることの方が多い。

ただ物理モデリング合成の為に開発された手法を現実の楽器の再現以外の目的で使う例が特に近年見られる。Applied Acoustic SystemsのChromaphoneは仮想の打楽器でありながらも個別の要素を細かくコントロールすることで現実にはありえない楽器も作れるという触れ込みのソフトウェア音源である(Applied Acoustic Systems 2017)。またATV CorporationのaFrameという電子打楽器は様々な打楽器の振動特性をシミュレートするためのモーダル合成という手法を、やはり実際の楽器を模倣するのではない目的で用いている(ATV Corporation 2017)。さらにYAMAHAは、サクソフォンのような円錐管形状の音響特性を円筒管の組み合わせで表現する分岐管構造という技術に基づき、プラスチック製管楽器Venovaを開発した(masuda 2011)。

これら物理モデリング技術の応用としてPucketteは新たなデジタル音声処理を提案した(Puckette 2017)。この提案では、サンプリング理論の問題として鋸歯状波および矩形波など折れ曲がった波形の正確な記述が出来ない、遅延を含まないフィードバックループの処理が出来ないという点を指摘している。そしてその解の一つとして、Moogのシンセサイザーに使われているフィードバック付きフィルター回路のモデリングに対して、微分方程式の数値計算を適用するという方法を述べた上で、新たな音声処理法の可能性として、物理モデリングを完全なアナログ/物理シミュレーションではなく、むしろ自由に設定された(フィードバックを含む)関数変換の集合とみなすことを提案している。さらに、その実例の一つとしては仮想的なバネやおもり同士を繋げて音の出る楽器のような物を作ることができるRurataeというソフトウェアを挙げ、完全な実世界の模倣ではなく、ある程度の物理法則に従いつつも、新しい音色を追求することの面白さを論じている(Allen 2014)。

メタ管楽器モデルWhirlwind

Whirlwindは90年代に物理モデリング合成の研究の中でCookらによって開発されたメタ管楽器モデルである(Cook 1992)。Whirlwindはウェーブガイド合成でモデリングされたトランペット、フルート、クラリネットの計算モデルを和集合的に合体させたものである。これら3つの楽器モデルの基本的構造は歪み、フィルタ、遅延を含むフィードバックという点で共通しており、HIRNという専用のコントローラとともに使うことで、金管楽器と木管楽器の音色をモーフィングしたような演奏が出来るとされている。

本作品ではこのモデルの2つの特徴に着目した。1つ目は、管楽器のウェーブガイド合成によるモデリングの基本構造がいわゆるハウリング、オーディオフィードバックと類似している点である。ここでハウリングとは、スピーカーから発された音が音波伝播速度と距離に応じた遅延とともに進み、スピーカーやマイクの特性などに応じた周波数フィルタが掛かり、増幅器の中で歪みを起こし再びスピーカーに戻ることで生じる現象を指す。2つ目は、3つの楽器モデルの合体という、物理モデリング技術の現実の楽器の再現以外への利用である。

以下この2点を踏まえて、作品の考察の足がかりとなる関連研究について述べる。

関連研究

フィードバックを用いた音作品の分類

サウンドアート、サウンドインスタレーションなど音を用いた作品の中ではオーディオ以外も含むフィードバックがしばしば用いられる。しかし、その使われ方は様々でありSanfilippoらはフィードバック構造が物理モデリング合成にも使われていることを踏まえ、フィードバックシステムを取り入れた18作品の分類を試みている(Sanfillipo 2013)。その分類の中でSanfilippoらは以下の4つをフィードバックシステムの特徴としている。

  • 非線形と繰り返し効果
  • 相互作用・相互依存性・相乗効果(複数パスのフィードバック)
  • 自己組織化/非組織化とホメオスタシス(恒常性)・ホメオレシス(変化)
  • カオス・複雑性

その上で作品の分類にあたり、各々3つの段階を持つ以下の6つの指標を示している。

  • アナログ・デジタル変換がある、ない、部分的に用いている
  • フィードバックスピード(オーディオレート、コントロールレート、両方)
  • システムが環境に対してオープンである、無い、ある
  • トリガーが外部、内部、どちらも
  • システムに環境適応性がある、ない、一部ある
  • ヒューマン・マシンインタラクションのある、ない、一部ある

図1はSanfilippoの分類から本作に関連すると思われる6作品を抜き出したものである。

図1。Sanfilippoらによるフィードバックを用いた作品の分類

以下ヒューマンマシンインタラクションの観点から4つの作品を紹介する。

Reichの*Pendulum Music*は複数のスピーカーにつながれたマイクが各々のスピーカーの上に振り子状に吊られ、奏者が始めにマイクを持って離すとスピーカーの上を通過した時だけハウリングによって音が鳴るというものである。*I am Sitting in a Room*は部屋の中で喋り声を繰り返し録音、再生し続けることで声がやがて部屋の音響特性に応じた持続音に飽和していく録音作品である。この2つはフィードバックループの中に人間が介入はしていないのでインタラクション無しとなっている。

Lucierの*Bird and Person Dying*はスピーカーから鳥の鳴き声を再生すると同時に耳につけたマイクロフォンの音をフィードバックさせ、演者が位置や向きを変えることでフィードバックの音を変化させていくパフォーマンス作品で、Tudorの*Microphone*は2つのマイクで拾った音をアナログ電子回路で複雑に変調させ38個のスピーカーから出力してフィードバックを得るインスタレーションである。これは観客と演奏者という違いはあるがどちらもループへの人間の介入がある。

その他、Valleの*Rumentarim Autoedule*はコンピューターで動くアクチュエータなどで打楽器を鳴らし、その音をマイクロフォンで拾いまた別の楽器のトリガーとすることで、自律的に演奏が持続する、コンピューター音楽でありながら電子音を使わないアプローチの作品である。唯一フィードバックレートが遅く、デジタル処理を使っており、また環境適応性という、周りの環境の変化に追従してシステムも変化するという特徴を持つ。

また先述の中村による*No Input Mixing Board*は、唯一環境に対してシステムがオープンでなく、かつ内側にトリガーを持つとされている。ここでは即興演奏自体が一つの聴覚を通じたフィードバックシステムと述べられ、演奏のコントロール自体も含めたシステム全体が閉じたループとみなされている。

対象無しモデリング

Whirlwindにおけるモデリング技術を用いながらも実際の楽器を模倣しないモデリングに類似した例として、科学哲学における対象なしモデリングという概念がある(Wiseberg 2017)。Wisebergはモデリングを構造と解釈、記述という3要素からなるものと定義した上で対象なしモデリングを以下の3つに分類している。

  1. 力学におけるバネ−マス−ダンパ系のように高度に抽象化していく汎化モデリング、
  2. 現実にはありえないモデルを作ることでより現実世界への洞察を深めるための仮説的モデリング1
  3. セル・オートマトンのようにモデリング行為自体が自己目的化している(完全な)対象なしモデリング

Aphysical Unmodeling Instrument

「Aphysical Unmodeling Instrument」は先述したWhirlwindを実空間内において物理的要素で再構成する作品であり、2017年10月27日〜11月5日に開催された奈良・町家の芸術祭「はならぁと ぷらす 2017」で展示した。本章ではまず作品制作の方法論を述べ、具体的な実装を展示時の実例を踏まえ説明する。

方法論

Whirlwindの演算は、入力される仮想の息の強さを表すエンベロープ、同じく仮想の息のノイズ、および加算、乗算、遅延、共鳴という周波数フィルタから構成されている。ブロックダイアグラムを図2に示す。

図2。Whirwindのブロックダイアグラム

この演算の再構成には2種類の自由度がある。

1つ目は、演算に何を使うかである。例えば加算であれば、電気的な加算回路(ミキサー)を作ることも出来るし、2つのスピーカーから出した音を1つのマイクで集音するような形での加算も可能である。

2つ目は、演算の粒度をどこまでに設定するかである。例えば共鳴器は音響等価回路で言えばヘルムホルツ共鳴器というビール瓶のような形状の物として表現することが出来るが、デジタルの演算では乗算5つ、遅延4つと加算というより細かい演算の組み合わせでも表現出来る。この粒度は元のモデル記述の抽象化度にも依存する。全く同じWhirlwindのアルゴリズムでも、大きな一つの関数に集約してしまうことは可能だ。この時モデルの振る舞いは同じだがそのモデルがどのように構築されたかが理解できないのでヘルムホルツ共鳴器で置き換えるという選択肢がそもそも出てこなくなる。この抽象化度にはプログラムのソースコードの書き方に加えて、ソースコードの中のコメントやプログラムに付随するドキュメントや論文なども影響を与える。

この2種類の自由度の中からどれを選ぶべきかというルールは敢えて設定していない。これは一般的な作曲において、この音程はこの高さに配置する、この長さならこの種類の音符を使う、という楽譜への落とし込み、読み取りに関するプロトコルは設定されているものの、その具体的な内容には立ち入らないことと同様のことと捉えている。

事前実験

作品の制作に際し、コンピュータ上でWhirlwindを再実装した。この実装には音響処理言語Faust(http://faust.grame.fr)およびCycling’ 74 Maxを使用し(松浦 2017)、エンベロープなどの演奏パラメータを変更した際の音色の変化を確認した。

次にディレイ部分のみをスピーカーによる空気伝播に置き換える実験を行った。オーディオインターフェースの入出力における遅延を考慮しその音速に応じた遅延時間を差し引いてマイクとスピーカーの距離を設定したところ、ソフトウェア上での再実装と近似した音色が出ることを確認した。この実験を踏まえWhirlwindの各要素を以下のように実空間内にて展開させた(図3、図4)。

図2。はならぁと2017での展示時のシステム図。各部の実際の空間的配置は配線の都合でこの通りではない。

図2。はならぁと2017での展示時のシステム図。各部の実際の空間的配置は配線の都合でこの通りではない。

各要素置き換え

図3。全体の展示概観。

図3。全体の展示概観。

エンベロープ

仮想の管楽器における息の強さとして定義されているエンベロープは計算モデルの外側のパラメータであるが、本作品ではこれも計算と同様置き換え方は自由なものと捉え、モーターの軸に風車を繋ぎ、その回転速度に応じた電圧の変化をエンベロープとして取り扱っている(図4最手前)。

ノイズ

Whirlwindではホワイトノイズとして表現されている息を吹き込む際のノイズを、本作品ではモーターによって回転する紙テープのベルトにコンタクトマイクの付いた針をあてがうことで出力される雑音により置き換えている。厳密には擬似乱数しか作ることが出来ないデジタル処理ではなく、紙テープを擦る音を用いることで、有限な周期でループする機構から、その聞こえは殆ど雑音となるという状態を作り出している(図5)。

図5。ノイズ出力部分。針の付いたピエゾマイク部分を拡大

図5。ノイズ出力部分。針の付いたピエゾマイク部分を拡大

加算

加算の殆どは各要素から流れる電気信号をミキサーによって合流させることで作られている。一部遅延と関わる部分では複数のスピーカーから単一のマイクに対して音を発することで加算を置き換えている(図6)。

遅延

遅延は管体を進む音波の伝播遅延をスピーカーから出した音のマイクロフォンに到達するまでの伝播遅延により再現している。スピーカーの取り付けられた棒は風で水平にランダムに回転するので遅延時間が変化するが、同じスピーカーから2つのマイクにはそれぞれ同じ遅延時間で届く必要があるので、スピーカーの高さは2つのマイクの中間点になっている(図6)。

図6。図4のさらに奥側の写真。2つのスピーカーから2つのマイクに対して音をだすことで加算と遅延を同時に行っている。

図6。図4のさらに奥側の写真。2つのスピーカーから2つのマイクに対して音をだすことで加算と遅延を同時に行っている。

乗算(1)

乗算としてエンベロープに比例した音量を出力するためにLEDとCdSセルを用いている。エンベロープとしての電圧の変化に対応してLEDの明るさが変化し、その明るさの変化によってCdSセルの抵抗値が変化する。そのCdSセルにオーディオ信号を流すことで、LEDが光っている時は音量が大きくなり消えている時は小さくなるようにしている(図7)。

図7。LEDとCdSセルを組み合わせた乗算構造。CdSは環境光遮光のためテープで巻かれている

図7。LEDとCdSセルを組み合わせた乗算構造。CdSは環境光遮光のためテープで巻かれている

乗算(2)

元の計算モデルでは、上述のエンベロープ以外の乗算には、仮装の唇やリードの振動における非線形歪みとしてシグモイド歪み(tanh(x))を近似したax+bx^2+cx^3という式が用いられている。しかしその置き換えとして前項のようなLEDとCdSセルの乗算機構では応答速度が遅いためにオーディオ信号同士の乗算には適さない。そのため十分応答速度が早い素子であるダブルバランスドミキサNJM2594を用いてax+bx^2+cx^3を記号的に置き換えた(図8)。

図8。ダブルバランスドミキサを用いた乗算器。

図8。ダブルバランスドミキサを用いた乗算器。

周波数フィルタ

Whirlwindに周波数フィルタ部分は3つ存在する。1つ目は金管楽器での唇の振動をバネと質点の振動系に単純化し、その共鳴周波数を唇の締め具合でコントロールしているという部分である。本作品ではこの部分をマイクとスピーカーの間をモビールの要領でランダムに動く異なる長さの紙筒で再現した(図4手前側)。

2つ目は管体端で音波が反射する際に高い周波数が減衰するという部分であり、本作ではスピーカーの手前に紙を垂らすことで、高域はある程度紙で反射され減衰するような置き換えを行った(図6)。

3つ目は管楽器のベルにあたる部分なのだが、これは元の3つの管楽器モデルには実装されていないにも関わらずWhirlwindでは追加されており、その具体的なパラメータも不明であるため今回は除外している。

実際

これらの要素を置き換えることでWhirlwindは以下のように実空間に展開される。まず風によって風車が回転し、LEDが光る。その明るさでCdSセルの抵抗値が変化し、ホワイトノイズとマイクの音量をコントロールする。マイクのゲイン及び移動するスピーカーとマイクの距離によってループゲインが1を超えるとオーディオフィードバック(ハウリング)が発生し持続音が発生する。ハウリングの音程はスピーカーとマイクの距離の変化によって変化する。

この物理化にあたっては展示環境による制約を大きく受けた。例えば奈良の展示では、会場が文化財であるがゆえテープや釘による物理的な要素の固定ができなかったため、フックから室内に様々なものを吊るし、常に開いている窓からの風を半自動的にトリガーとして動作するシステムとした。この機構によって実際に発せられた音は結局いわゆるハウリングの音に近く、トランペット、クラリネット、フルートといった管楽器のような音やソフトウェア上のWhirlwindの音にはあまり近いとはいえなかった2

この要因として、例えば共鳴で用いた紙筒の置き換えがモデリングとして不適格だということがあげられる。紙筒は本来のバネと質点からなる振動系とは異なり、単一の共振周波数ではなく、筒の長さに応じた周波数の整数倍という複数の共振周波数を持つからである。しかも材質が紙のため音の反射率は低く、細かな測定はしなかったものの共鳴という点からは殆ど効果がなかったように思われる。

また遅延のためのスピーカーでは直流成分を表現出来ないという部分でも差異が生じている。実際に事後的にコンピュータ上のWhirlwindで遅延の後に直流成分除去を行ったところ若干の音色変化が生じる事を確認した。

さらに、実装時に本来共鳴→非線形歪みの順番であるべき所を逆にしていたことを確認した。この違いは、帯域制限した後に歪みで倍音が発生することと、発生した倍音をフィルタリングすることの違いともいえ、その効果が大きく異なることは自明である。その他ノイズの部分で使用したモータードライバが電力不足で動かなくなるというハードウェア上の故障も発生した。

考察

フィードバック

図9。本作品のSanfilippoらの分類への当てはめ

考察として、Sanfilippoらの分類に本作品を当てはめた。その結果は図9の通りである。ヒューマンマシンインタラクションの観点では、観客がループの中に介入していなくても作品として成立するが、介入して音に変化を与える事もできるということを踏まえ、部分的に有りとしている。この評価は本来の分類対象である18作品のどれとも異なるが、この観点を除外した場合、他作品と以下の類似性を見ることが出来る。

ヒューマンマシンインタラクションの観点を有りとした場合、*Bird and Person Dying*と*Microphone*が同じ評価となる。一方その観点を無し、とした場合には*Pendulum Music*、*I am Sitting in a Room*が同じ評価となる。この4作品はパフォーマンス、サウンドインスタレーション、終りと始まりのある作曲作品、そして録音物という幅広いフォーマットで有りながらいずれも同じ評価となっている。作品形式として一番近いのはインスタレーションである*Microphone*だと言えるが、ここで導入したいのは即興もまた人間の聴覚を通じたフィードバックシステムと捉えられる、という視点である。この視点からは、人間とシステムの間の従属でない相互関係によって、作曲者と演奏者、楽器と音楽の境界が消える、と言うことができる(Sanfillippo 2013 ,23p)。例えば本作品の制作過程における制作者-システムのインタラクションを即興演奏と捉えることで、インスタレーション制作を作曲ではなく演奏やパフォーマンス的なものとしても捉えることが出来ないだろうか。

以上の点を踏まえ、Sanfilippoらの分類では考慮されていないサウンドインスタレーション作品における観客-システム間以外のインタラクションを検討してみる。この点を鑑みると、自動的に動く演奏装置を観客が外側から見るため、そこでのインタラクションは無しという評価になっているValleのインスタレーション*Rumentarium Autoedule*において、その制作過程自体を非常に即興的なものとして捉えることができる(Valle 2012)。本作品も同様に、Whirlwindという事前に決めたルール(モデル)があるものの、その上での2種類の自由度、および実空間内での実装時に発生する差異や事故などの作品への要素としての取り込みは、即興的な制作過程として捉えることができる。この点において、作品形式として近いと述べた*Microphone*では、事前に設計された電気回路やスピーカー配置を計画通りに用いているため、即興という点からの類似性は見ることができない。

あらためて本作品におけるヒューマンマシンインタラクションを考察すると、制作段階における制作者-システム間での即興および、出来上がった装置の展示における観客-システムとの関わり、の2つに大別することができ、制作過程にパフォーマンス的要素も含むというSanfilippoらの分類には無い視点を提示できる可能性を示唆するものとなっている。

モデリング

次に本作品をモデリングという概念から考察する。

WhirlwindというモデルをWisebergの対象なしモデリングという概念から考えると、Whirlwindは3つ管楽器を包括した構造なので高度な抽象化を伴う汎化モデリングがもっとも当てはまるようにも思える。だがWisebergは汎化モデリングは主に理由の判明していない現象や因果構造の解明の手段として使われると説明しており、楽器や音楽の分野ではそもそも何故作るのかというの目的に答えるのが難しいためそのままこのモデリングに当てはめられるわけではない。一方、2章で挙げたVenovaやaFrameなどのように、ある音を作るためのモデリング技術を流用して理想の音を目指す、というようなアプローチは、モデリングそのものが自己目的化する(完全な)対象なしモデリングといえるのではないか。

さらに作曲と演奏というプロセスをこの対象なしモデリングという概念から考えてみる。作曲家は頭のなかに自分の作りたい音というモデルを持っており、そのモデル記述として楽譜にモデルを記述:作曲する。そして演奏家はそのモデル記述を読み取りモデルを再構築:演奏をする、と捉えることができる。このとき、作曲も演奏もモデルを構築する行為として共通化すると、楽譜はどちらもモデル、あるいはモデル記述3として捉えることができる。

この枠組みではサウンドインスタレーションや生成音楽、即興演奏という離れたジャンルのように思える作品とその制作(あるいは演奏)プロセスを、モデルとモデリング行為に整理をすることで連続性を見いだせる。更には例えばaFrameや*Ruratae*の例などの楽器制作におけるモデリングも共通した音を生み出す行為として作曲や演奏行為と等価に整理が可能である。

以上を踏まえて本作品について改めて考えると、始めにWhirlwindというモデリング対象を設定しながらもその目的を最終的に外れて制作行為を自己目的化している。その上で明示的にモデリング行為を制作とすることで本作品は単なる作曲、サウンドインスタレーションや楽器とも、そして演奏とも違う中間的存在として位置づけられよう。

おわりに

本作品はWhirlwindの再物理化というルールを設定し、その中であるバリエーションが作れることは既に述べた。その為本作品は数回繰り返し展示することを予定している。モデリングそのものを制作行為と提案することの妥当性は複数回の展示後の考察から得られるだろう。また作品の制作過程が作品の大きな要素となることから、その記録の残し方が単に制作物の写真や動画だけでいいのかなどについても検討する必要があるだろう。

筆者のこれまでの制作と結びつけると、例えば展示システムを更にコンピューターでシミュレーションすることが記録でもあるというような、生成と記録の境界的なもの、またそのモデリングの繰り返し状態を記録として捉えられる可能性が考えられる。

#謝辞 本研究の一部は、日本学術振興会科研費・若手研究(A)ポストデジタル以降の音を生み出す構造の構築[17H04772]に関する調査の助成を受け実施されている。

参考文献

Allen, A. S. (2014). Ruratae: a physics-based audio engine. Ph. D. thesis, University of California, San Diego. https://escholarship.org/uc/item/2cq7z9kv .

Applied-Acoustics-Systems (2017). About us. https://www.applied-acoustics.com/about ATV-Corporation (2017). aframe reference guide. http://www.atvcorporation.com/support/drums/aframe/le/628/aFrameReference_jp_01.pdf . p24.

Cook, P. R. (1992). A meta-wind-instrument physical model, and a meta-controller for real-time performance control. In ICMC Proceedings.

Masuda, H. and Y. Suenaga (2011, September 15). Pipe structure of wind instrument. https://www.google.co.jp/patents/US20110219936 US Patent App. 13023,793.

Matsuura, T. (2017). faust-whirwind. https://github.com/tomoyanonymous/faust-whirlwind

Puckette, M. (2015). The sampling theorem and its discontents. keynote speech in ICMC 2015.

Roland-U.S. (2014). What is analog circuit behavior(acb)? http://www.rolandus.com/blog/2014/02/14/analog-circuit-behavior-acb/ . accessed 2017/12/11.

Sanfilippo, D. and A. Valle (2013). Feedback systems: An analytical framework. Computer Music Journal 37(2), 12–27.

Smith, J. O. (2010). Physical Audio Signal Processing. online book, 2010 edition, accessed 2017/12/10. Wiseberg, M. (2017). 科学とモデル シミュレーション哲学入門. 名古屋大学出版会. 松王政浩訳.

参考作品

松浦 知也, 2017 送れ|遅れ / post|past 東京藝術大学 音楽環境創造科 大学院 音楽音響創造・芸術環境創造 卒業制作・論文 修了制作・論文発表会 2017.https://matsuuratomoya.com/works/post-past_sotsuten/

松 浦 知 也, 2017 Live Performance with Feedback Mixer , つくると!vol.3https://matsuuratomoya.com/works/live_tsukuruto/. Andrea Valle, 2012 Rumentario autoedule ,Conservatorio G. Verdi, Como, for Elettrosensi 2012,https://vimeo.com/37148011

著者プロフィール

松浦知也 (Tomoya MATSUURA)

1994 年神奈川県生まれ。音を中心とした様々なメディアにおける「システム」、その中でも特に「ライブ/ 通信」と「アーカイブ/記録/記憶」の関係性をテーマに音響装置作品や電子楽器、演奏システムの制作や作曲、 演奏、研究を行う。その他インスタレーションやサウンドアートのサウンドシステム・プログラム開発のテ クニカルなサポートや、レコーディング、映像のサウンドデザイン、舞台音響などを務める。2017 年東京藝術 大学音楽学部音楽環境創造科を卒業。学士 (音楽)。現在九州大学大学院芸術工学府修士課程に在籍。

城一裕 (Kazuhiro JO)

1977 年福島県生まれ。東京藝術大学芸術情報センター [AMC] 助教、情報科学芸術大学院大学 [IAMAS] 講師を経て、2016 年 3 月より九州大学芸術工学研究院准教授。山口情報芸術センター [YCAM] 専門委員(非 常勤)。博士(芸術工学)。専門はメディア・アート。音響学とインタラクションデザインを背景とした現在 の主なプロジェクトには、参加型の音楽の実践である「The SINE WAVE ORCHESTRA」、ありえたかもしれ ない今をつくりだす「車輪の再発明」、音・文字・グラフィックの関係性を考える「phono/graph」などがある。


  1. 例としてはファインマンの提案した、永久機関について考察するための想像上の機械”ファインマン・ラチェット”が挙げられている。 [return]
  2. ただ観客によっては笙の音のように聞こえるという感想も得られた。もちろん機構を説明した上での感想なので、そのバイアスがかかっている可能性はある。 [return]
  3. Wisebergによると例えば建築模型における設計図や数理モデルにおける数式というテキストなどモデルを記述するものである。本文中では楽譜などは音楽というモデルを記述するものと言えるだろう。 [return]

Updated on Mon, Jan 1, 2018.